昭明書院
南朝梁(502~557年)の皇太子蕭統(昭明)のために作られた私塾。蕭統は中国初の時、散文集「文選」を編集したことでも知られる人物だ。後に書院は廃墟となったが、明代に全廷訓という烏鎮の学者が蕭統を記念し牌坊(石門)を建立したのに続き、近代その北側に書院が再建され、牌坊とともに威風堂々とした姿を見せている。現在は図書館になっており、受付に荷物を預ければ閲覧も可能。西側奥には茅盾文学賞の受賞者や作品を紹介する展覧館もある。
烏鎮大戯院
西柵大街にある烏鎮最大の劇場。人々にとって観劇が最大の娯楽だった時代、町中の人がここに集まりおおいににぎわったという。入口門を入り左の建物では、今も不定期で奇席が開かれ、観光客も地元の人に混じり鑑賞できる。見逃せないのは敷地の奥にある水上劇台。つまり水上に造られた舞台だ。芝居の一座は船でここにやって来ると舞台の下に停泊し、そのまま舞台に上がったのだという。舞台周辺を飾る見事な彫刻も必見。よく目を凝らして見ると、いきいきとした皇帝の観劇風景や十八羅漢も確認できる。
益大糸号
1875年に創立された絹織物の工房。創業当時は、桑の植樹から始めた小さな店だったが、今では織物の製品化までの全行程を行う大規模工房に成長した。工房では2代目が開発した織り機で作業する職人の姿や、錦糸を紡ぐ様子などを間近で見学できる。1日織ってわずか5~6cmという気の遠くなるような手作業には思わず溜息が漏れてしまう。それだけに中国の伝統技法に烏鎮らしさを融合させたこの織物は「烏錦」として珍重され、皇帝への献上品にもされていた。
亦昌冶坊
約140年に渡り沈家が代々営んできた鉄器の工房。精錬時に飛び散る火花で火災にならぬよう、工房内は柱などに石材を多用した独特の造りとなっている。そのため“石脚屋”とも呼ばれていた。館内で目を引くのは、直径が人の背丈ほどもある巨大な鉄鍋。その下には、当時の沈家の財力と精錬技術の高さを誇示するかのように「天下第一鍋」の文字が掲げられている。
霊水居
今から400年ほどさかのぼる祟禎年間の初頭に、進士の役職に就いていた唐龍により造園された西柵最大の庭園。約2万㎡の敷地内には、大きな池を中心に九曲橋や東屋が配置されており、ゆったりと庭園散歩を楽しむことができる。また、池の東側にはモダンな石造りの茅盾紀念堂が、北側には王会悟紀念館と孔另境紀念館があり、烏鎮ゆかりの偉人たちの足跡をたどることができる。
三寸金蓮館
かつて中国では、小さな足をもつ女性ほど美しいとされた時代が長く続いた。それにより生まれた纏足文化を825足の纏足靴とともに紹介したのがこの博物館。「金蓮」が纏足により矯正された女性の小足を示すことからも、当時の美の価値観がうかがえ興味深い。時代ごとにガラスケースに並んだ纏足靴は、精緻な刺繍が施され、それ自体は宝石のように美しい。だが、わずか15cmほどの小さな靴を、成人女性が履いていた事実にはあらためて驚かされる。
烏将軍廟
烏鎮の名の由来ともなっている烏賛将軍を祀るために、烏鎮の人々がおよそ1000年前に創建した廟。それ以来、烏賛成将軍は町の守護神としてあがめられている。本殿には、火神と水神を左右に従えた烏賛将軍像が祀られている。
白蓮塔
烏鎮にはその昔「一観、二塔、九寺、十三庵」があったというが、その二塔のうちの1つこそ、昇蓮広場にそびえ建つこの塔だ。レンガと木材を用いた閣式の塔は宋•元代の典型的な造りで、高さ51.75m。烏鎮で最も高い建物だ。路地の合間や運河越しに時おり見せるその姿は、いかにも趣深い。ライトアップされた姿もまた幻想的。
東柵の見どころ
東柵歩き方
整然と整備された景区内は、東市河に沿うように東西に約1.3kmにわたって広がる。景区内は手工作坊区、文化区、飲食区などに分けられており、見どころが並ぶ東大街を順に歩いて散策することができる。また各都市発旅遊集散中心のツアーバスは、景区東端の入場券売り場付近に到着する。なお景区内にホテルはないが、子夜路や興華路などにリーズナブルな宿が点在している。レストランは子夜路や興華路にあるほか、景区西側の飲食区も利用できる。
皮影劇館
春秋戦国時代に大衆芸能として生まれた影絵劇が上演されていた劇場。娯楽の少なかった昔の人にとって、影絵は心ときめくエンターテイメントだった。子供から大人までが毎夜この劇場に集い、迫力ある影絵劇に拍手喝采を送ったという。現在は観光客向けに、孫悟空などの人気演目を1日19回上演している。シンバルや太鼓の派手な伴奏とともにスクリーン人形の姿が浮かび上がり、飛んだり跳ねたりの大活劇が繰り広げられる。
宏源泰染坊
烏鎮は中国でも有数の藍染めの生産地として知られる所。その藍染め工房の1つが展示館として公開されている。館内に入りまず目を引くのは、中庭に天日干しされた藍布が風にたなびく優美な光景。その背後の工房には、染料に布を浸すための大釜や道具類がそのまま展示されており、化学染料を一切使わない伝統手法に基づく製作工程を知ることができる。出口付近には、藍染めのバッグや服などを売る売店も併設されている。
江南百床館
高床式の床周りを豪快な木彫り枠が囲む、中国スタイルのベッドを集めた博物館。単にベッドといえども、木枠の隅々にまで施された緻密な彫刻の美しさはもはや芸術の域に達し、卓越した職人技に驚かされる。動植物や人の姿が顔の表情までかなり細かく彫られており、なかには完成するまでに3年を要したという清代のベッドも展示されている。
江南民族館
江南地方の伝統的な暮らしや風習を紹介した博物館。館内は衣俗庁、節俗庁、婚俗庁などテーマごとに分かれており、結婚式や村祭りなどの様子が、人形やミニチュア模型でリアルに再現されている。なお館内で江南百床館とつながっており入場もそちらから。
伝統手工作坊区
人々の暮らしの中で受け継がれてきた江南地方の伝統工芸品を作る20余りの工房が集まるエリア。竹細工、扇子、銅飾り、布靴などの工房が並んでおり、職人たちが製作する様子を間近で見ることができる。ショップを兼ねた工房はおみやげ探しにもぴったり。
江南木彫陳列館
江南地方の住宅装飾に使う木彫の歴史を紹介。もともと徐家の邸宅だったという建物は、扉や梁などに木彫を施した江南建築の特徴が見られるもの。館内には貴重な作品の数々が展示されているが、特に見逃せないのは、中央ホールに置かれた幅4,1mの花大梁。唐代官司の誕生日を祝う祝宴の様子が細部まで克明に浮き彫りされており、盛大な宴の様子がいきいきと伝わってくる。
茅盾故居
「子夜」などの著書で知られる中国現代文学の巨匠、茅盾(1896~1981年)が生まれた家。江南住宅の特徴がよく表されたこの家で、14歳までの多感な子供時代を過ごした。勉強部屋や庭なども当時のまま保存されており、偉大な文学者を育んだ背景をかいま見ることができる。また写真などの豊富な資料からも、後に革命運動にも参加し、魯迅とも親交を深めた彼の足跡をたどることができる。
余榴梁銭幣館
中国屈指のコインのコレクターとして名高い、余榴梁氏の貴重なコレクションが展示されている。2011年4月現在、アンティークと呼べる品はないものの、中国はもとより、世界中から集められたコインや紙幣の数々を間近で見ることができる。
修真観
蘇州にある玄妙観、濮院翔云観と並び、江南3大道教寺院の1つに数えられる北宋代に建てられた寺院。道教は民間信仰として漢代後期より中国全土に広く普及し、最盛期には烏鎮にも12の道教寺院があったが、現在この修身観が唯一のものとなっている。
翰林第
清朝における高官職、翰林を務めた夏同善(1830~1880年)の私邸。翰林とは、高い学識のある者だけが就ける官職で、あらゆる分野の専門知識を皇帝に提供する役割を担っていた。幼くして母親を亡くした夏氏は不遇の幼少期を送ったが、それが逆に勉強への原動力となり、難関といわれた翰林のテストに見事合格。この家も翰林に任命された後に拡張されている。