車のヘッドライトがつき始めるころ、愚園路と万航度路の交差点でウェディングドレスを着た新婦をよく見かける。彼女の瞳は夢見るように潤み、ドレスのすそは横段歩道の上でふわりと花開き、カメラレンズの前でいくつもポーズを取る。バックにまぶしいネオンサインと輝く文字。それは上海の百年のモダンと流行を凝縮させた「百楽門」だ。
【歴史】
「インドのタンバリンがリズムを刻み、ジャズバンドが美しい調べを奏でる中、体を揺らし、ステップを刻むーーこれぞプレシャス、これぞライフ
これは1930年代にとある海外の雑誌が百楽門ーパラマウントを紹介した一文で、これを呼んだ全世界の読者を脳裏に上海という大都市の印象を強烈に残した。
パラマウントは浙江南潯の大富豪、顧聯承の投資で誕生した。顧一家は代々上海と無錫でシルク工場を営み、上海のシルク業界で知らぬ者がいない一大ファミリー企業。顧聯承は家督を継いだ。1930年代初頭、多角化経営をした彼は本業の暇に娯楽業への進出に着手し、その足がかりでパラマウントを建てたのである。「至高無上」の意味を持つパラマウントの発音に基づいて「百楽門」という中国語名づけられ、今日もその名前が受け継がれている。
1933年12月14日ダンスホールがグランドオープンを迎えた。高さ9メートルもあるガラスの尖塔が発する光が夜空を貫き、辺りが昼間のように明るくなった。オープン当日には上海中のセレブや政府要人などが集まり、空前の賑わいを見せる。
瞬く間に一世風靡したパラマウントは上海初のサービスや最新の設備を数多く取り入れていた。例えば自家用車で来店した客には番号札を渡しておき、客が帰る時にその番号を入り口上部の電光掲示板に表示する。それにより、運転手に「ご主人様がお帰りになれます。」と知らせるのだ。携帯電話など無かった当時、このサービスは非常に創意に富み、且つ効率のよいものだった。更に驚くべきことに、ホール内には「空気調節器」成る当時では超最新設備も導入されていた。
オープンしてすぐにパラマウントはジミー・キングという中国人ジャズバンドを編成した。ジミー・キングは「夜上海」など当時上海で大人気だった流行歌をジャズにアレンジするという初の試みに成功し、踊りに来たお客たちを大いに沸かせていた。
当時
パラマウントの広告は中国を飛び出し欧米諸国でも行われ、その知名度は非常に高かった。1936年、喜劇王チャップリンが夫人を同伴して上海に来た時には、滞在日程わずか1日にも関わらず、パラマウントを訪れ、ひと踊りしている。
【建物】
パラマウントは巨大なデコレーションケーキのようだ。何段にも別れ、上に行くほど小さくなっていく。一階のエントランスは少し奥まって作ってあるため、半円形の大きなひさしが雨から客人を守る。その上にいくつか小さなライトが設置してあり、夜になるとそのライトがParamountと百楽門の文字をそれぞれ照らし出す。
一段上は一番高さと長さのある部分でファサードは交差点に向かい合い、グレイの孤を描いたコンクリートの立面に、長細い窓が等間隔に設けられており、実際にはさほど高さのないにこの建物に高層感を持たせている。
左右の辺はそれぞれ道路にそって広がり、角も直角ではなく緩やかに弧を描く。ファサードと同じように細長い窓と縦線で装飾され、建物全体は典型的なアールデコ様式だ。
ガラスと銅で飾られた正面ドアを押し開けると、真っ白なモザイクが敷かれた円形のロビーが広がる。エントランスに正対してクラブに続く弓なりに曲がった段階があり、二階に上がると右側に入り口上部に「大舞庁」の三文字を掲げたダンスホールがある。パラマウントのダンスホールは大小二つあるのだ。大ホールのフロアは自動車用の鋼板補強され、ところどころ中空に成っているため、ダンスすると音楽に合わせて床も跳ねる。この「スプリング・フロア」は当時の上海でも1,2ッヶ所にしかなかった。
ダンスフロアの真ん中から見上げれば、ガラスのフルーツボウルのように繊細で可愛らしい三階のフロアが見える。クリスタル・フロアと余場ッレたこの小さなダンスフロアには厚さ6センチのガラス板が床張られ、その下に赤・緑・紫・青・黄色のライトが点滅している。柔らかな明かりが音楽にあわせて揺らぬき、夜毎に最高潮のムードに人々が酔いしれていた。
【上海のアールデコ】
上海はお洒落でモダンな国際的大都会だが、その一端を担うのが各所に散らばるアールデコだ。この街ではアールデコが建造物だけでなく、インテリアなどにも取り入れられるようになり、ライフスタイルの一つにもなっていた。
それがアールデコかどうかをどう見分けるのだろうか。いくつか上海におけるアールデコの特徴を列挙したので参考にしてほしい。
【周辺紹介】
百楽門周辺の観光名所と言えば静安寺。三国時代呉の孫権の247年(赤鳥10年)に建立されたと伝えられている。今から約1870年前に建てられた、繁華街の中の名刹である。江寧路と南京西路の交差点脇にある梅竜鎮はガイドブックにほぼ必ず紹介される老舗揚州料理店。内装は純中華風で、清炒蝦仁や蟹粉獅子頭、揚州干糸などの正統派揚州料理が味わえる。